お子さまが自分のことを「あなた」と言ったり、大人が自分を指して使った「ぼく」「わたし」を別の人にもそのまま使ったりすると、「どうして反対になるのだろう」「ASDの子どもに見られる特徴なのかな」と気になることがあります。
「ぼく」「わたし」「あなた」は、話す人や聞く人によって指す人が変わる言葉です。同じ「わたし」でも、お母さんが話せばお母さんを指し、子どもが話せば子ども自身を指します。
ASDのある子どもの一部では、自分を指す「ぼく・わたし」と、相手を指す「あなた」が入れ替わる「代名詞の逆転」が見られることがあります。ただし、ASDのある子ども全員に見られるわけではなく、代名詞を間違えるという一つの様子だけでASDと判断することもできません。
このページでは、児童発達支援事業所ゆめラボの視点から、「ぼく・わたし・あなた」が混ざる理由、ASDとの関係、代名詞の理解が難しい子どもに見られやすい話し方、家庭でできる関わり方について解説します。
自分のことを「あなた」と呼んだり、大人が使った一人称をそのまま使ったりすると、自閉スペクトラム症(ASD)との関係を心配する保護者の方もいます。
ASDのある子どもの一部で代名詞の逆転が見られることはありますが、それだけを自閉症の特徴として見ることはできません。
「ぼく」「わたし」「あなた」を間違えることがあるからといって、それだけでASDと判断することはできません。幼児期は言葉の意味や使い方を覚えている途中であり、話す人や聞く人によって指す人が変わる言葉を一時的に間違えることがあります。
研究では、ASDの子どもの方が定型発達の幼児より代名詞の逆転が多かったという報告がありますが、両群とも出現頻度は低く、ASDに特有の現象ではありません。
ASDについて考えるときは、代名詞だけではなく、人とのやり取り、言葉の理解、興味や行動の特徴、これまでの発達の経過などを合わせて見ます。「あなたと言ったから自閉症」と一つの言葉だけで結びつけるものではありません。
自分のことを「あなた」と言ったり、相手のことを「ぼく」「わたし」と言ったりする一人称・二人称の入れ替わりは「代名詞の逆転」と呼ばれます。ASDの言語やコミュニケーションとの関係が研究されてきた現象です。
ただし、代名詞の逆転があるからといって、子どもが自分と他人そのものを区別できていないと決めることはできません。話し手に合わせて代名詞を切り替えるところで難しさが出ている場合があります。
幼児が「ぼく」「わたし」を使わず、「○○ちゃんもやる」「○○くんのだよ」と自分を名前で呼ぶことは珍しくありません。特に家庭では、周囲の大人が子どもを名前で呼ぶことが多いため、子ども自身も同じ呼び方を使うことがあります。
自分を名前で呼んでいることと、「ぼく」と「あなた」を反対に使う代名詞の逆転は同じではありません。名前は基本的に同じ人を指しますが、「ぼく」「わたし」「あなた」は誰が話しているかによって指す人が変わります。
そのため、「まだ自分を名前で呼んでいる」ということだけで発達上の問題とは判断しません。年齢だけで区切るのではなく、代名詞を聞いたときに誰を指しているか分かっているか、会話の中で少しずつ使い分けられているかを見ていきます。
代名詞は、単語の意味を覚えるだけでは使い分けにくい言葉です。
「ぼく」「わたし」「あなた」は、誰が話しているのかを見ながら、そのたびに指す人を変えて理解する必要があります。
「りんご」という言葉なら、お母さんが言っても子どもが言っても同じ物を指します。
しかし「わたし」は違います。お母さんが「わたし」と言えばお母さん、先生が「わたし」と言えば先生、子ども自身が「わたし」と言えば子どもを指します。
「あなた」も同じで、誰に向かって話しているかによって指す人が変わります。つまり代名詞を理解するには、言葉そのものを覚えるだけではなく、「今は誰が誰に話しているのか」まで合わせて捉える必要があります。
日本語では、家庭で「あなた」をあまり使わず、子どもを名前で呼ぶことも多くあります。そのため、「ぼく」「わたし」「あなた」の使い方を覚える過程は、家庭で普段どのような呼び方をしているかによっても変わります。
会話では、話す人と聞く人が次々に入れ替わります。それに合わせて、「わたし」が指す人と「あなた」が指す人も入れ替わります。
ASDのある子どもの代名詞理解については、こうした話し手と聞き手の立場を切り替えることの難しさが関係するという研究があります。
たとえば、大人が話しているときには自分が「あなた」だったのに、自分が話し始めた瞬間には「ぼく」「わたし」になるという変化を捉える必要があります。
ただし、「相手の気持ちが分からないから代名詞を間違える」と単純に考えるものではありません。言葉の理解や記憶なども関係するため、その子がどの場面で間違えやすいのかを見ることが大切です。
ASDのある子どもの言葉以外のやり取りについて知りたい場合は、自閉症の子のコミュニケーションを伸ばす家庭での関わり方も参考にしてください。
ASDのある子どもの中には、相手から聞いた言葉や文章をそのまま繰り返すオウム返しが見られることがあります。その文章に代名詞が含まれていると、話す人が変わっても「ぼく」「わたし」「あなた」が元のまま残ることがあります。
たとえば、大人が子どもに「あなたも食べる?」と尋ねたあと、子どもが食べたい気持ちを伝えるために「あなたも食べる」と同じ表現を使う場合です。
この場合、食べたいという意図はあっても、「あなた」を「ぼく・わたし」に変えるところまではできていません。
一方で、代名詞の逆転がすべてオウム返しによって起こるわけではありません。
自分で考えて話した文の中でも代名詞を入れ替える子がいるため、オウム返しだけを原因と決めることはできません。
代名詞の難しさは、自分や相手の呼び方、話す人が変わったときの使い分けに表れることがあります。
代名詞の理解が難しい子どもでは、自分を「あなた」と呼ぶ、話す人が変わっても同じ代名詞を使う、自分や相手を名前で呼ぶといった話し方が見られることがあります。
ここからは、それぞれどのような使い方として表れるのかを見ていきます。
分かりやすい例が、自分自身を「あなた」と呼ぶ話し方です。大人から自分に向けて使われる「あなた」などの言葉を、自分の呼び名のように受け取って使うことがあります。
たとえば、自分が食べたいときに「あなたも食べる」と言ったり、自分がやりたいことを「あなたがやる」と表したりすることがあります。
伝えたい内容は分かっていても、相手から自分に向けられていた言葉をそのまま自分の呼び方として使っている状態です。
こうした話し方を見たときは、「自分と相手が分かっていない」とすぐに考えるのではなく、名前を使えば分かるのか、写真や指差しで人を示せば理解できるのかなど、代名詞を使わない場面との違いも見ます。
代名詞を人の名前のように覚えていると、話す人が変わっても指す人を切り替えにくいことがあります。
たとえば、お父さんが「ぼくが持つよ」と自分を指す場面を繰り返し聞いていると、「ぼく」をお父さんの呼び名のように受け取ることがあります。
その場合、自分が話すときに「ぼく」へ切り替えることが難しくなる場合があります。
「ぼく=お父さん」「わたし=お母さん」のように特定の人の呼び名として覚えている場合は、話す人が変われば同じ代名詞でも指す人が変わることを、実際の会話の中で経験していきます。
代名詞を使わず、「○○ちゃんも食べる」「ママがやって」「先生が来た」のように名前や呼び名を使う子もいます。名前は代名詞と違って指す人が変わらないため、子どもにとって分かりやすい表現です。
特に幼児期は、自分を名前で呼ぶこと自体は珍しくありません。そのため、「ぼく・わたしを使わない」という点だけで問題と考える必要はありません。
一人称と二人称の入れ替わりが頻繁に続く、相手が変わると誰のことを指しているのか分からなくなる、代名詞以外の言葉の理解にも気になる点がある場合には、言葉の理解全体も合わせて確認します。
家庭で代名詞を教えるときは、「違うよ」「それはあなたじゃなくてぼくでしょ」と間違いを繰り返し指摘するよりも、誰が話しているかと代名詞を結びつけて伝えます。
まずは、誰のことを話しているのかが目で分かる状態をつくります。大人が自分の胸を指しながら「わたしが持つね」と言い、子どもを指しながら「○○くんが持つ?」と伝えると、言葉と人を結びつけやすくなります。
子どもが自分の名前を使って話せる場合は、すぐに名前をやめさせる必要はありません。「○○くんがやる」と言ったら、大人が「ぼくがやるんだね」と返し、一人称を自然に聞かせる方法があります。
同じ人だけで練習するのではなく、お母さん、お父さん、きょうだいなど話す人が変わる場面があると、「わたし」は特定の人の名前ではなく、そのとき話している人を指す言葉だと気づきやすくなります。
会話だけでは分かりにくい場合には、人形や家族の写真を使う方法があります。話している人が目で分かるため、「今は誰が『ぼく』と言っているのか」を確認しやすくなります。
たとえば、くまの人形を動かしながら「ぼくはくまだよ」と言い、次にうさぎの人形でも「ぼくはうさぎだよ」と言います。同じ「ぼく」でも、話す人が変われば指す人も変わることを見せられます。
家族の写真でも、「ママが『わたし』と言ったら誰?」「○○くんが『ぼく』と言ったら誰?」と確認できます。ただし、毎回テストのように答えさせる必要はありません。遊びや会話の中で繰り返し触れる方が、日常の言葉として使いやすくなります。
子どもが自分のことを「あなた」と言ったときに、「違うでしょ。自分のことは何て言うの?」と何度も答え直させると、会話そのものが負担になることがあります。
たとえば、子どもが自分のお皿を指して「あなたも食べる」と言ったなら、大人が「ぼくも食べるんだね」と返します。伝えようとした内容を受け止めながら、その場に合った代名詞を自然に聞かせる方法です。
毎回正解を求めるのではなく、話す人が変わると代名詞が指す人も変わる経験を日常の中で増やしていきます。
代名詞だけでなく、言葉の理解や会話全体にも気になることがある場合は、子どもの言語療法で行う言葉の遅れ・発音・会話の支援も参考にしてください。
「ぼく」「わたし」「あなた」は、話している人や聞いている人によって指す相手が変わる言葉です。
そのため、物の名前を覚える場合とは違い、会話の中で誰が話しているのかを見ながら使い分ける必要があります。
ASDのある子どもの一部では、自分を「あなた」と呼ぶなどの代名詞の逆転が見られることがあります。
ただし、ASDのある子ども全員に見られるわけではなく、定型発達の幼児にも一時的に起こることがあります。代名詞を間違えるだけでASDと判断することはできません。
家庭では、間違いを何度も指摘するより、大人が自分を指して「わたし」と言う、人形や写真で誰が話しているかを見せる、その場に合った代名詞を短く返すなど、話し手と代名詞を結びつける経験を増やしていきます。
児童発達支援事業所ゆめラボでは、発語の数だけではなく、言葉をどのように理解し、人とのやり取りの中でどのように使っているかも見ながら個別療育を行っています。
「ぼく・わたし・あなた」が混ざることに加えて、言葉の理解やコミュニケーションにも気になることがある場合は、お近くのゆめラボへご相談ください。
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